伊賀の徒然草

伊賀名張のひまな行政書士の戯言です。

秋分の日の秋桜

 【秋桜(コスモス)と紋白蝶(モンシロチョウ)】


 伊賀山居のコスモスガーデンは、先日の台風襲来により、花の大半が倒れてしまいました。
 しかし、台風一過の秋空の下、一度は倒れたコスモスも次々に立ち上がりつつあります。


 今日は、陽春を思わせる気候にも恵まれ、既に立ち上がった秋桜(波斯菊)の花に誘われて紋白蝶(菜粉蝶)が遊びに来ました。


 雨にも負けず風にも負けず、健気に咲き誇るコスモスの花言葉は「乙女の真実」。


 毎年、この花を見るたびに思い出す楽曲があります。
 1977年10月1日リリース、作詞・作曲はさだまさし、当時18歳の山口百恵が、嫁ぐ娘の母を思う心情を切々と歌い上げました。


 この曲を発表した3年後、山口百恵は俳優の三浦友和と結婚して芸能界を引退しました。
 曲名は、「秋桜」、この曲は「日本の歌百選」にも選ばれている名曲です。


秋桜 山口百恵 コスモス

「秋櫻」 作詩・作曲:佐田 雅志 歌唱:山口 百惠

這是首名曲,聽不出是39年前的老歌。
當年18歲的山口百惠唱,出嫁的女兒牽掛母親的樂曲。
然後三年後,歌手山口百惠與演員三浦友和結婚在演藝圈引退了。
直至今日,看到秋櫻時,我仍會想起這首歌。



  秋櫻(波斯菊)


 第一節


秋日的粉紅秋櫻         (うす紅の秋桜が秋の日の )
無心地在陽光中搖曳       (何気ない陽溜りに揺れている)
最近時常流淚的母親       (此頃涙もろくなった母が)
在院子輕咳了一聲        (庭先でひとつ咳をする)
她坐在廊子翻看相簿       (縁側でアルバムを開いては)
回憶起我的童年         (私の幼い日の思い出を)
不斷重複說著同樣的話      (何度も同じ話くり返す)
聲音小得像在自言自語      (独言みたいに小さな声で)
在這種小陽春的溫和日子     (こんな小春日和の穏やかな日は)
我深深感到您的體貼       (あなたの優しさが浸みて来る)
對明日將出嫁的我,「往後再辛苦 (明日嫁ぐ私に「苦労はしても)
時間會把一切都化為談笑     (笑い話に時が変えるよ)
不用擔心」,您笑著說      (心配いらない」と笑った)


  【母親回憶起童年的女兒】


 第二節


我追憶種種往事         (あれこれと思い出をたどったら)
才發現從來不曾孤獨過      (いつの日もひとりではなかったと)
想到過去任性的自己       (いまさらながら我侭な私に)
不禁咬住嘴唇          (唇かんでいます)
您幫忙收拾明日的行李      (明日への荷造りに手を借りて)
看起來心情很愉快        (しばらくは楽し気にいたけれど)
卻突然淌下淚,「要保重啊」   (突然涙こぼし「元気で」と)
再三重複同一句話        (何度も何度もくり返す母)
道謝的話欲言又止        (ありがとうの言葉をかみしめながら)
我將試著自己活下去       (生きてみます 私なりに)
在這小陽春的溫和日子      (こんな小春日和の穏やかな日は)
請再讓我多做一會兒       (もう少しあなたの子供で)
您的孩子吧           (いさせてください)


 又及: 最後兩行,因日台文法不同,台文有顛倒。


      【母親與女兒】



中秋の名月

【月と仙女と兔】


 陰暦8月15夜の満月を「中秋の名月」と称して観賞する「お月見」の風習は、元々は、唐代に始まった習俗と言われています。


 日本では、平安時代にその習俗が伝わり、先ず貴族社会の中から始まって、江戸時代になって徐々に民間へも広まり、現在では、全国津々浦々に、ススキの穂のほか月見団子やサトイモなど満月を連想させる丸いものを供えて、月を見る習慣が定着しています。


 なお、日本では「中秋」とも「仲秋」とも呼ばれていますが、厳密にいうと、「中秋」の方が正しい表現になります。
 「中秋」とは、秋の中日という意味で陰暦8月15日に限定されますが、「仲秋」とは、陰暦8月の一箇月全体を意味し、15日に限定されませんので、「仲秋の名月」では「満月」だけではなく「三日月」や「半月」などでも名月だと思えば、全ての月齢の月が含まれることになってしまいます。


 ともあれ、この名月を望む詩情豊かな風習は、唐代以降古今の詩人の心を動かし、数多くの優れた詩詞が残されています。


 以下、唐代の詩人が感動で綴った傑作のうち数首を、中秋節快樂(中秋節を楽しむ)と題してご紹介します。



【題中秋節快樂】

 


1、李白家的月餅

【静夜思】
牀前看月餅、(ベッドの前に月餅を見つけたが、)
疑是小姐餅。(どうやらこれはmoliさんの月餅のようだ。)
舉頭望山月、(頭を挙げて山の端の月を眺めていると、)
低頭食月餅。(自然に頭が下がって来て、こっそり月餅を食べてしまった。)



2、杜甫家的月餅

【春望】
國破月餅在、(国は荒れ果てても月餅は残り、)
城秋月餅増。(町中に秋が来れば月餅が増えてくる。)
感時月濺淚、(時の流れに心を痛め、月を見ても涙を流し、)
恨別兔驚心。(別れを悲しんで、兔が跳ねるのにも心を驚かされる。)
   ・
   ・



3、孟浩然家的月餅

【春暁】
中秋不覺宵、(中秋節の日は、日が暮れたことにも気づかず、)
處處聞搗餅。(あちらこちらで、餅つきの音がするのを聞いていた。)
夜來全家聲、(昨夜は、家族全員の声が夜通し喧しかったが、)
食餅知多少。(一体どれほど多くの月餅が食べられたのだろうか。)



4、王維家的月餅

【竹里館】
獨坐混浴湯、(一人だけで混浴温泉に座って、)
飲酒復食餅。(酒を飲んだり餅を食べたりしている。)
深林人不知、(深い林の中なので、誰も知る人はなく、)
明月來相照。(名月だけがやって来て私を照らしてくれる。)



5、柳宗元家的月餅

【江雪】
千山焼鳥絶、(どこの山でも、焼鳥を食べ尽くしてしまい、)
萬徑月餅滅。(到る所で、月餅も無くなってしまった。)
無錢簑笠翁、(金もない蓑笠を被った老人は、)
獨過中秋節!(一人だけで中秋節を過ごすのだ!)



 【雲中明月裡搗餅兔圖】



 十五夜望月
   中唐 王建
中庭地白樹棲鴉
冷露無聲溼桂花
今夜月明人盡望
不知秋思在誰家


コスモスの花



 伊賀山人の花園に、今年初めてのコスモスが一輪咲きました。



  大波斯菊詞   (コスモスの詞)

 萬緑叢中紅一点 (一面の緑の中にただ一つ紅い花が咲いている)
 
動人秋色不須多 (人を感動させるためには秋の景色に多くのものは必要ない)
 
人生似旅過叢中 (人生は草叢の中を行く旅のようなものだ)
 
幸福必在苦難傍 (苦難のすぐ傍に幸福は必ずある)